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『羅生門』の読書感想文-『勇気』という言葉をネガティブにする

芥川龍之介のイラスト画像 読書

芥川龍之介:作『羅生門』の読書感想文を書きました。

芥川の作品は今回で3つ目ですね。

短編小説で読みやすいのはもちろん、内容も描写も芸術的で、絵画とかクラシック音楽のような印象すら受けてしまう。。。

『読む芸術作品』と呼ぶにふさわしい名作だなと改めて感じました。

そんな『羅生門』の読書感想文を書いてみたのでご覧ください^^




『羅生門』の読書感想文

【タイトル:『勇気』の意味】
『勇気』という言葉の意味を完全には理解できていなかったかもしれない。

私は勇気の意味は『決断』だと思っていた。

なぜなら恐怖や不安、恥じらいなどに対して、自分がどういう行動を取れば納得かを決める時に私は勇気を出すことが多いからだ。

そして、戦うも耐えるも逃げるも、どんな結論であっても勇気を出して答えを決めることに価値があると思っていた。

けれども、『羅生門』を読んで違った角度の『勇気』の意味を感じ取ってしまった。

『勇気』には『助長』という一面もあったからだ。

 

下人は生きていくためには盗人になるよりほかない状況にあった。

そして、楼で老婆に出会い、その振る舞いを見て自分の行動を肯定していく。

私は本文に出てくる『勇気』という言葉を『犯罪への肯定感』としての表現と受け取った。

もちろん犯罪はいけないことであり、それは周知の事実である。

けれども、頭ではダメだとわかっていても、物語を読み進めていくうちに下人の行動は自然と私を共感させていく。

「こんな状況なら下人の行動も仕方がないか…」

そんな言葉も頭を過ってしまった。

 

しかし、この感情に飲み込まれてはいけない。

なぜなら、犯罪を肯定することは巡り巡って自分を苦しめることにつながるからだ。

『羅生門』の最後の一文は「下人の行方は、誰も知らない」で終わっている。

私はこの一文を否定的にとらえた。

一度悪に手を染めてしまえば、穢れなしに生きていくことはもう出来なくなるからだ。

だから、助長するための『勇気』は、時に物事を著しく悪い方向へ導く危険性があることを理解しておく必要があるだろう。

 

私の考えはきっと肯定されるはずだ。

何も間違ったことは言っていない。

それなのに気分は全くすっきりしない。

それは「もし実際に自分が下人の立場になったらどうするか」の答えがわからないからだろう。

頭の中ではダメだとわかっていても、想像と現実は違う。

今は環境に恵まれ理性が働いているけれど、生きるか死ぬかの環境に置かれ、いざ目の前の相手を陥れないと生きていけない状況になった時でも、果たして自分の正しさを貫けるのだろうか。

それでも生きたいと思うのか、そんな事をするならと死を選ぶのか。

私がどうするかは、誰も知らない。

(文字数:910字)

『勇気』という言葉をネガティブワードにするセンス

今回は『勇気』という言葉をキーワードに読書感想文を書いてみました。

「盗人になるよりほかに仕方がない」ことを肯定する場面で、『勇気』と表現をしていたのがとても印象的に感じたので。

『勇気』ってポジティブなイメージの言葉だけど、それをネガティブに感じさせるのは面白いと思いました。

しかも、周りからの「勇気だせよ!」ではなく、自分の気持ちの内側から湧いてきた『勇気』をネガティブにさせるのは「いやー、芥川龍之介って名前が残っているだけあってやっぱり凄いなぁ」と感じました。

 

さて、ルールに反することはダメとわかっていても、「このくらいなら…いいでしょう!」ってことが日常生活ではありますよね。

社会的なルールに反することを例に出すわけにはいかないので(笑)、一般的な自分ルールを例に出しますけど。。。

例えば「ダイエットしているけれど、デザートくらいいっか。食べた分は運動すればいいし」みたいなことってあると思う。

でも、これって一度実行すると次また同じ状況になった時に、我慢するハードルって下がると思うんです。

「前もやったし、いっか食べちゃお!」って。…で、運動なんかしなくて、結局ダイエットに失敗するみたいな。

最初の一歩目を踏み出したせいで、結果的に自分が損してしまうことってあるなと。

 

これを『羅生門』に置き換えると、「盗みはダメだけど、盗まないと生きてけないし仕方ない。老婆だって死人の髪でかつらを作って売っているし…」みたいになる。

だから、老婆の着物を奪った下人は盗人としてこれからずっと生きていかないといけないだろうなーと思って、「犯罪を肯定することは巡り巡って自分を苦しめることにつながる」ってなことを書いてみました。

もちろん、『犯罪とルールを破ることは別物』なので同じには考えられないでしょう。

それに犯罪をしたとしても更生する人もいるし、一概に「こうだからこう」と決定づけることはできない。

けれども、基本的に悪いことはするべきではないので「間違った方向に『勇気』を出すことはポジティブな『決断』ではなくて、ネガティブな『助長』であると感じましたよ」っていう感想文になりましたとさ。

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羅生門の『面白さ』は“構成のわかりやすさ”

『羅生門』は“THE 純文学”って感じで、本当にお手本のような作品ですよね。

昔の作品だけど読みにくさもそれほどないし、これからもずっと残り続ける名作だと思います。

私なりの解釈ですが、『面白さ』の理由は『構成のわかりやすさ』なのかなと。

『羅生門』の構造って簡単に言えば『「あなたがやってることは犯罪ですよ!」って言っておきながら、結局自分も同じことをしてる』ってことだと思う。

 

この構造ってわかりやすくて面白い。

例えば「ご飯に味噌汁かけるなんて信じらんない!…味噌汁にご飯を入れるでしょ?」みたいな?ちょっと違うか…笑。

要は、この状況を第三者が見てたら「あんたもやるんかーい(・ω・)ノ」ってツッコミを入れたくなる。

内容が暗いからそう感じにくい部分もあるけれど、このツッコミを入れたくなる構造の面白さが『羅生門』の面白さだと思う。

 

さらに言えば、わかりやすい構造なんだけど、オチは答えをぼかしていて明解じゃない。

だから、考える余地も与えてくれるし、でも物語自体はわかりやすいしで、誰が読んでもどこかで感情を揺さぶられる作品な気がします。

 

あと、これは私がなんとなく感じてることなのですが『どこかふざけてるような印象』を作品から受けるかなー。

『雨』や『死人』などの暗かったり重い表現が多いし、実際に全体的には暗い作品のように感じるんだけど、『どこか滑稽さが抜けない』感じ。

「うわ~、先生めっちゃ怒ってるけど、ズボンのチャックずっと開いてるわ~」みたいな滑稽さを感じてます。

この面白さは私が勝手に感じていて共有できない部分かもしれませんが、「interesting」だけでなく「funny」な面白さも味わえるのは、個人的に魅力があるなーと思っています(´Д`)

『凄さ』は“文字から映像が浮かぶところ”

これも私の感覚ですが、『羅生門』って文字を読んでいるはずなのに映像が浮かんでくるんですよね。

情景が浮かぶ作品はたくさんあるけれど、『羅生門』は写真じゃなくて動画で映像が流れるくらいパッと想像できる感じ?

これはおそらく文章表現がハンパないからなんでしょうね。

私の読解力と表現力ではうまく説明ができないのですが、情景も心理描写もキャラクターの特徴も具体的にイメージできる。

 

だから…あれですよ!『後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん!』って感じですよ(゚∀゚)

そんなんできひんやん、普通?

でも、それを当たり前のように文章にして、読みやすく伝えてくれているわけです。

素人目でもスッと凄さを感じ取ってしまう。それくらい特別な文才の持ち主なんだなって思いました。

『羅生門』の永遠の議題「下人はその後どうなったのか?」を考える

下人に同情ではないけれど、一定の理解は示せる感情は持ちました。

ただ、最後の一文「下人の行方は、誰も知らない」で、読み手の私は理性を一気に取り戻した感があります。

直前の文章で老婆の描写があって「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである」と書かれているんですよ。

老婆目線だからなのか、下人が『逃げ切った』感じがして、それで「あっ、コイツこのまま盗人として生きていきそうだぞ?」という気持ちが芽生えたかな。

それに全体的に暗い雰囲気の作品でもあるので、私は「これからも盗人として生きていく」と思いました。

 

ただ、別の答えも十分考えられますよね。

気が狂ったような状況だったし、あの時は精神的にも追い込まれていたから盗人にはなったけど、日常に戻ったら普通に暮らしているかもしれない。

それも、あの時のことが一切何もなかったかのように毎日を過ごしていることもあれば、罪の意識をもって慈善活動を積極的に行っていることもあるでしょう。

ココは読んだ人の受け取り方や価値観や想像力の世界なので正解はないと思います。

一番個性を発揮できる部分なので、学生で『羅生門』の読書感想文を書くことになった人は「下人はその後どうなったのか?」を考えてみて、楽しんで書いてほしいですね。

まとめ:『羅生門』は人によって受け取り方の違う名作

羅生門は高校生の頃(?)に国語の授業で読んだことがあったけれど、あの頃とはまた違った感覚を今は持っているような気がしています。

…まぁ高校生の時にどう思ってたかは覚えてないんだけど。笑

ただ、なんとなく子供の頃とは違う角度の視点も持ちながら読めた気はします。

若いときは一直線に物事を考えがちだったけど、今は無駄に知識と経験値が増えた分、相手を理解しようとする気持ちが出てきちゃったかな。

もし読みやすい文章とかアニメにして小学生の時に読んでたら、おそらく「下人は悪いヤツだ」になった気がする。

それは子供はまだ利己的な部分があるからそう思うんだけれど、『羅生門』は年齢とか立場とか状況とかで違う印象を持つ作品だったのかなと思います。

 

人によって解釈は違うのに、共通して面白いと感じられる作品、まさに名作です。

『星の王子さま』の読書感想文でもそんなようなことを書いたような気がしますが、やっぱり答えが曖昧なものや人によって受け取り方が違う作品は面白いですね(*´ω`*)




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