他人のブログコメント欄に批判長文持論を書いても読まないよ

ブログのイメージイラスト画像 コラム

先日、このブログのとある記事コメント欄に数千文字に渡る批判長文持論コメントを頂きました。

ほぼノールックでスパム認定&削除で永久追放しましたが、せっかくなのでこの件について考えてみましょう。

他人のブログのコメント欄に持論を展開する心理が一体何なのかわからないし、調べる気もないので答えは一生出ませんが、この事象を受けての自分の考えを一度整理してみます。




ブログコメント欄に批判長文持論を書かれた

珍しくこのブログにコメントが届きました。

最初の2~3行はまともに書かれていたのですが、その後から批判と持論が展開されるとわかったので、その時点で読まずにスパム認定&削除いたしました。

「この感覚何か知ってるなー」と思ったのですが、『やぎさんゆうびん』の歌でした。

「読まずに食べた」ならぬ「読まずに捨てた」ですね。

まぁ黒やぎさんのようにコメントを返すことはありませんでしたが…。

だから、正直何について批判されたのか分かりませんが、すげー長文だった。

スクロールしてもスクロールしても続いてて、逆に「読まなかったのは申し訳なかったなー」と今は変な優しさが生まれています。

ブログネタとして昇華するので、成仏していただければ幸いですm(_ _)m

コメント欄は管理者のもの

ブログとかYouTubeとかのコメント欄は『管理者の権利』でしょう。

なので、コメント欄を公開するもしないも主導権は管理者にあるもの。

このブログで言えば私が権利者で、私がジャイアン。

「お前のモノは俺のモノ。俺のモノも俺のモノ。」が成り立つ世界ですね。

だから受け取ったコメントをどう扱おうが私が決めます。

もし、どうしても意見があって認めて欲しいなら自分でプラットホームを作って、そこで持論を展開するべき。

おそらく3000文字くらいの長文で書いていたし、書き出しを読む限り私と比べ物にならないくらいちゃんとした文章を書いてた。

だから、こんなところでその才能を使うのはもったいないなーって気はした。

…まぁ読んではないんだけど(´-∀-`;)笑

 

もし自分が書いたコメントが表示されないことを気にされるなら、自分でブログを開設して、私の記事を引用して批判してください。

そうすれば、自分の意見は公開されるし、私も被リンク獲得でSEO対策にもなるのでお互いWin-Winになります。

ぜひ、ご検討のほどを!

私はブログやYouTubeを通じて繋がりを求めていない

このブログはもともと自分のガス抜きみたいな感覚で始めました。

ガス抜きと言っても悪口や批判をするものではなく、自分の感覚と向き合ったり、頭の中にある考えを整理したりするためのもの

だから、人に見られようが見られまいがどっちでもいいです。

「お小遣い稼ぎになれば」とは思っているから、最低限のSEO対策とかアドセンス広告を貼ったりとかはしてるけれど、自己完結でOK。

人気もアクセス数もいらないし、そもそもブログやYouTubeを通じて繋がりを求めていません。

 

もし他人に自分を認識してもらいたいなら、繋がりを求めている人の所に行きましょう。

インスタグラマーとかティックトッカーとか「フォローしてください!」って言ってる人に面倒を見てもらってください。

自分を支持してくれるフォロワーがたくさんいるってシンプルにすごい事だし、それに応える人もすごく優しいと思う。

そういう人たちなら繋がってくれるし、認めてくれるでしょう。

他人に興味がない私にはどんな相手にも平等に接する器はないし、ビジネス目的のブログではないので人気商売をするつもりもありません。

それに私にはリアルの世界で自分を認めてくれる人が周りにいるし、数百万人の支持者より身近な数十人の方に価値を感じているのでご心配には及びません。

コメント欄は疑問や質問を受けるために公開しているもの

このブログもYouTubeもコメント欄を設けているのは、疑問や質問を受け付けるためのもの。

自分の経験や記録を通じて、伝えられるものがあるなら伝えたいから。

過去に運営したブログで、私が書いたことや経験をきっかけに疑問が解決できたり、「前向きになれた」のようなポジティブな意見をいただいた経験があります。

コメント欄はそういった『コメントをくれた人の軽い不安や悩みを解決するため』に開放しています。

だから、批判も賞賛も賛同も指摘もいらない。

ただ、私のことを肯定的に受け取ってくれてコメントしていただけるのなら、出来る限りは応えたいとは思っています。

出来れば直接伝えないでほしいけど。。。どう返したらいいか迷っちゃうから(/ω\)

正解はいらない。ただ考えたいだけだから邪魔しないでほしい

白か黒で答えるのって簡単だし、最終的には白か黒かで答えないと結論は出せない。

だけど私はグレーを考えていたい。

ただグレーを考えるんじゃなくて、明るいグレーなのか暗いグレーなのかを考えたい。

自分が事象に対してどう捉えていて、何を考えるかが知りたい。

考えることが目的で答え。

だから、その中で出した自分の答えが正解かどうかなんてどうでもいい。

正解だったところで「どうだ!」なんて承認欲求もないし、間違ったところで「俺はなんてダメなヤツなんだ…」なんて落ち込むこともない。

だって正解や価値観なんて立場や時代とかで違うもんでしょ?

 

そもそも、自分と関係のない他人に価値観の違いを伝えて何の意味があるのか。

『馬の耳に念仏』『犬に論語』『虎の子に説教』

このブログのコメント欄に書く正論は永遠に私には届かないです。

 

私は自分とは関係のない他人が何をしようが、何を言おうが興味がない。

ましてや、相手が自分の考えと違うから批判する、正論を伝えるなんて発想もない。

その主張は私なんかよりずっと価値のある人間に伝えて、認めてもらってください。

 

このブログは真面目でふざけてる。どうでもいいことを真剣に考えて書いてる。

自分のためだけの1Pブログだし、たいした内容は書いてない。

だから真剣に読まないでほしい。

私のエゴの邪魔をしないでいただければ幸いです。

 

 

 

 

 

いや『虎の子に説教』ってなにっー!?(゚Д゚)ノ




コメント

タイトルとURLをコピーしました