第82話「こっちだって負けてないぞっ!」

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昔、古文(漢文だったかな?)の授業で「“話す”ことと“書く”ことのどちらが優れてるか?」みたいな文章を読んだ記憶がある。
その結論が「記録として残せる分、書く方が優れている」みたいな感じだった。
でも、今の時代は動画で残せるから、書くことの優位性は失われつつあるのかなと。
その流れには合わせていった方がいいと思う。
ただ、私は文章の方が好き。
今回は『文章』をテーマに「書くことだって負けてないぞっ」ということを見つけていきましょう。
書き手目線で考えると“書き直せる”っていうのが一番の強みかなと。
例えば、情報が更新されたとき、それに合わせて文章を修正して、最新の情報を残せる。
動画だと、一度完成して公表したらその部分だけ直すのは大変。結局テロップで対応しているって現状を考えると、文章の方が“修正力”は高いよね。
新たに改ざんっていう弱点も生まれるけど。笑
対して、受け手目線で考えると“主導権が握れる”ところが強み。
文章を読んで引っかかった時に、その場で考えられる。
動画だと基本的に発信側が主導権を握ってどんどん進めていっちゃう。
もちろん一時停止は出来るけど、都度考えるためは手を動かす必要があるし、遡って確認するのにもやや不向き。
自分のペースで進められるのは文章を読む側のメリットですね。
これ以外にもいろいろ考えてみて、何で自分が文章の方が好きなのかがわかった。
それは“構造”と“信頼”の2つ。
まず“構造”。
動画ってノイズが多い。表情とか声とか空気感とか。
やっぱりシンプルなものの方が美しい。
同じ情報を受け取った時に、動画よりも文章の方が情報というより“構造”で把握できるからスッキリするし納得感が強い。
それでいうと、カベポスターのネタとかすごい好みなんだけど、あれは“構造”とか“構成”にものすごく魅力を感じるからなんだろうね。
たぶん映像を観なくても面白い漫才なんだと思う。
そして、動画より文章の方が好きなもう一つの理由は“信頼”。
私はよく「これ伝わってるのか?」みたいなことを書く。
これはある種、受け手を信頼しているから書いてる。
自分が書きたいことがある。でも、読み手の知識や思考のフィルターに引っかからなかったら、意味や意図が分からないからつまらない。
「これはたぶん意味が分からないよなぁ…でもこの意味がわかったらきっと面白いなぁ…」って思うから採用しちゃう。
んで、説明しすぎるとリズムが悪くなっちゃうから、あんまり伝えすぎるようなことはしたくない。
で、実際に書いてみて「やっぱ分からないよな。でも一人でも理解できる人がいそう…」って思うから「これ伝わってるのか?」って書いちゃうのよねー。
…これ伝わってるのか?笑
まぁなんか文章の方が『見えなくても繋がってる感じ・深いところで理解しあえている感じ』がするんだよね。
上辺じゃないというか…“外から来る”ではなく“内から起こる”みたいな感覚?
受け手に届いてから“考える始める”じゃなくて、受け手から“歩み寄ってくれる”感覚?
そんなことを考えたかな。
まぁ別にココで書いてることって伝わらなくてもいんだけどね。
ただの自己満足だから。笑
【次回予告:テーマ「○○」】
~準備中~
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