第84話「己の器を測る為」


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私は本を読むのが趣味で、面白い作品だったら800字以内で読書感想文を書いてます。
先日、ビートたけしさんの『アナログ』という小説を読んだのですが…。
ちなみにその時の読書感想文はこちらから↓
⇒会えない時間は恋なのか|『アナログ』あらすじと感想:DOKUSYO KANSOBER↗
いつも何も情報を入れないで、とりあえず本を読んで読書感想文を書いて、あらすじとか作品関連の情報を集めて記事にしていくのですが、そこで「他の人はどんな感想を持ったのかなー?」とレビューを確認します。
レビューにはもちろん賛否両論あるのですが、そのレビューを見て感じたことがあったので、今回はそれについて書いていきましょう。
今回のテーマは『器』。
人によって感じ方が違うから作品が面白い、つまらないが分かれるは当然だし、いろんな意見があって然るべき。
ただ、中には目を疑うような辛辣なレビューがあったりするのよね。
そんなレビューを目にした時にいつも『これはどういう気持ちで書いたのだろう?』って思う。
無意識に感情を抱く、思考するってのは自由なことだけど、人を傷つけそうなそれをそのまま言葉にするのは自由じゃない。
『表現の自由』ってそういうことじゃない…でしょ?
感じたことをそのまま表に出すって、私は稚拙に感じてちょっと恥ずかしい。
子どもだったらまだかわいいけど、大人でそれは恥ずかしい。
恥はかいても恥ずかしい大人になりたくないから、感じたことをそのまま出すことはしたくないのかな。
でも、『表現の自由』って解釈は難しい。。。
どこまでかって明確な基準はないし、人によって違うだろうし。
ちなみに、私は『本人を目の前に同じことを言えるか?』って基準。
自分の器を超えるか超えないかが大事かな。
もし、想像して「この内容は傷つけるな」って感じたなら、書かない。
自分の器を超えて、言葉が独り歩きするからね。
でも、逆に想像して自分の器を超えそうでも、いいことなら書きたい。
なんか器が大きくなりそうな気がするからね。
うちはイタチよろしく、『己の器を測る』って大事なんだよね。
まぁ世直しする気はないし、よそはよそ、うちはうちで育ってきたので、自分が気を付けていればそれで十分。
私は私の言葉を追求すればそれでいい。
自分の言葉に責任を持てる人物を目指しましょう!
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