第87話「言語化は死にました」


【前回のコラム】
第86話「正解なんて知らないよ」はこちら
今まで『言語化』を軸に運営をしていたこのサイトですが、
2026年2月から『自己読解』を軸にサイト運営にシフトチェンジしていきます。
ちなみに、『自己読解』は私が勝手に作った言葉。言葉の意味や生まれた経緯に関してはTOPページをご覧ください。
⇒言語化の向こう側で自己を読み解く-TOP
ということで、今回は『自己読解』をテーマに書いていきます。
自分が使ってた『言語化』と世間で流行した『言語化』って、使い方が違ってました。
私は『自分の感覚にラベル』を付けるようなイメージで使っていたのですが、
世の中的には『正しさを測るもの』として使われることが増えてきた印象。
私は自分の『言語化』に正誤はいらない。自分の感覚なんだから、自分が思ったことが答えで、そこに正解も不正解もないって思ってる。
でも、言語化が一般的になって、そこに何となく正解が生まれちゃった感じ。
最も共感される表現をしたら、それが正解になって、それ以外は間違いのような…そんな風に使われるようになったと気付いた瞬間、私の中で『言語化』は死にました。
死んだというのは“自分の感覚を表す言葉”として死んだということ。だから、自分の使っていた『言語化』と世間で認知されている『言語化』を区別する必要が出てきた。
そこで自分だけの感覚として新しく作ったのが『自己読解』です。
『自己読解』はありそうでなかった言葉。どれだけ調べても『自己読解』という言葉は出てこなかった。
だから、私が『自己読解』って言葉を勝手に作っちゃった。笑
まぁでも、そりゃそんな言葉ないよね。読解って一般的に文章や物事に使う言葉だから。
私は自分の感覚を文章(のよう)に書きだして、その上で「これはどういう意味だろう?」って自問することが多い。そんなことをしている人でなければ『自己読解』という言葉のニュアンスは伝わらない気がする。
この言葉のニュアンスが伝わる人は一部いるだろうけど、おそらく少数派だろうから、一般的になることはないだろうね。
逆にその方が都合は良い気がするし、“伝わる人にだけ伝わる”ってのが意外と大事だと思ってる。
このふんわりした感じを切り捨てない人と関わっていたい。“白と黒の間に色を探せる人(探したい人)”と遊んでいたいよね。
私自身この『自己読解』という言葉をまだつかみきれてないけど、それを定義づけていく行為も『自己読解』って感じ。
文章は間違えても何度でもやり直せるし、これは動画にはない文章だからこその魅力。
だから、今の時点で意味が伝わらなくてもいいかなと。失敗やミスを繰り返して、その時代やその時の感情に合わせてやり直していく。
正解なんてもう調べりゃいくらでも出てくる。
そんな確かな正しさより、不確かな自分の感覚をこの先ずっと探していくサイトになればいいなと思います。
【次回予告:テーマ「○○」】
~準備中~
コラム2026年2月17日第87話「言語化は死にました」
コラム2026年2月10日第86話「正解なんて知らないよ」
コラム2026年2月3日第85話「すべての感情の原点」
コラム2026年1月27日第84話「己の器を測る為」

