第76話「想像力が足りないヤツはだーれだ?」


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前回は伝えすぎないことの大事さについて考えました。
勇気をもって伝えない。相手に解釈を委ねる部分があった方が想像力は膨らむのかなと思います。
ただ、文章だけで相手の想像力を掻き立てて、誤解のないような解釈をしてもらうのって
なかなかハードルは高い気はする。
でも、なんでそう思ったんだろう?
今回は『想像力』をテーマにその辺りをちょっと考えていきましょうか。
例えば、映像作品や舞台だったら視覚の情報が入る。
表情だったり、シチュエーションだったり、そういった視覚情報が入ることによって何気ない言葉でも意味がわかったり変わったりする。
一場面を切り取ったとして、「ありがとう」って言葉があったとする。
もし笑顔で言われたのなら喜びの意味だろうけど、引きつった顔で言われたら迷惑な意味を含んでいるかもしれない。
視覚情報は大きく影響を与えるはず。
同様に音楽だったら聴覚の情報が入る。
明るいメロディに「ありがとう」って言葉を乗せれば嬉しさがあふれるけれど、悲しいメロディに「ありがとう」って言葉を乗せたのなら寂しさの意味があるかもしれない。
言葉(文字)を読む以外の情報があると、解釈もしやすいのかなと。
じゃあ、文章だけで誤解の内容に解釈してもらうためにはどうすればいいのか?
パッと思いつくのは書いている人物のキャラクターが浸透していることかな。
誰が書いてるがわかると解釈しやすいと思う。
例えば、芸人さんのエッセイとかを読んでると、その芸人さんのキャラとか声とかをイメージして読む。
だから、そのまま文字通りに受け取ろうか、別の解釈も含ませてるのか、楽しみながら読めたりする。
ただ、私の場合はそもそも認知されてないからなぁ。
そもそも読んでもらえない、知ってもらってないっていう文章を書く以前の問題…というか課題がある感じがしてる。
そりゃそうなんだよね。どこの誰かもわからないヤツの文章をそもそも読もうと思わないもんね。自分がそうだもん。笑
想像力が足りなかったのは相手じゃなくて自分だったんだね。
ありがたいことに、たまーに私の文章を褒めてくれる人がいてくれる。
自分より文章力が優れてる人なんて星の数ほどいるから自信はないけれど、
褒めてくれる人がゼロではないのなら勘違いしてもいいのかもね。
自分の文章を読んでもらうための工夫をいろいろしてみる。
例えば、YouTubeでジャーナリングの記録をしているけど、あれで自分の文章を読んでもらうのは無理よ。
まぁもともとあれは『制限時間内で文章を書く縛り』みたいなもので、読んでもらえたら・興味をもってもらえたらラッキーくらいにしか考えてなかったけど。
もっと直接的なアプローチをしてみようかね。
うーん…音声も録りますか。
時間をかけてやるものでもないし、工数が増えるのは面倒だけど、あの文章量を録音してUPするくらいだったら10分もかからないでしょ。
ということで、物は試し、とりあえずやってみよう。
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