第66話「1つの意味で声を届ける」


【前回のコラム】
第65話「流行の岐路」はこちら
前回は文化として根付くには日常性や多様性がなどが必要だと。
そして、最も重要なのことは共有すること。
共有されてこそ分化してだんだん根付いていくことがわかりました。
今回はそこからもう一歩先の部分を考えてみたのですが、共有するためにはコミュニケーションが必須かなと。
もし、【ゆーじの自由時間】を誰かにとっての文化にするなら、私と読んでくれた人とのコミュニケーションは避けて通れない。
ということで、今回のテーマは「コミュニケーション」にします。

自分でも気づきにくい“心の傾向を可視化する方法”はご存じですか?
⇒なぜ疲れるのか分からない感覚を整理するAIアプリの記事はこちら
今までずっとこのサイトやWEB上でのコミュニケーションは避けていました。
それは、このサイト等が私の掃き溜めで誰かに読んでもらったり、見てもらいたいわけではなかったから。
ただ、最近ありがたいことにSNSで反応してくれる方などが増えてきて、そういう人たちに申し訳ない気持ちが生まれています。
私は性根が割と人見知りというか、ドライなタイプなので心を開くまでは時間がかかってしまう。。。
キャラを演じ分けるとかも出来ないから、もれなくWEB上でも人見知りムーブをしてしまうのですね。笑
けれども、そんな人間に対しても反応してくれる人がいる事実を実感している。
それに100あるうちの“99”ポジティブでもたった“1”のネガティブに傷つくことは分かっているけれど、基本的にはいい人の割合が大きいことは知っている。
なので、少し刺激を入れてみようかなと考えています。
とはいうものの、「私はこういう人間で…」とか「私のこんな部分を知ってほしい!」という想いは一切ない。
自分の“人となり”を知ってほしい気持ちはないんですよね。。。
それでもきっかけになる何かがないものかを考えた時に「声」がいいかなと。
しゃべってる感じがわかれば、文章を読むだけよりも人となりや雰囲気が伝わる。
それでYouTubeでもやるかと。ただ、何をやりたいとかもない。
ってなった時に、普段やってることの延長で素材があれば一石二鳥だなと。
それでいま習慣化されている『寿司打』の練習動画に声も記録することにしました。
これなら新しいことしなくていいし、垂れ流すだけだから編集もほとんどいらない。
面白くはないのがちょっと残念だけど、まぁそれは今回の目的ではないので、一旦置いておきましょう。
自分から「何か届けたい!」「発信したい!」があればよかったのですが、現状何もない。
ただ、いつか何か見つかった時のために少しでも土台があれば、その時動きやすくもなると思う。
「声」がその土台の役割になってくれたら嬉しいですね。
一つだけ懸念点があるとしたら、イケボを想像していた方の夢を壊してしまうところかな。笑
【コラム一覧】

コラム2026年4月14日第95話「ついに問屋を卸させた」
コラム2026年4月7日第94話「いつか屹度」
コラム2026年4月2日第93話「101話目に向けて」
コラム2026年3月24日第92話「まぁ…子供だし」


