第85話「すべての感情の原点」

先日、落語を鑑賞。
非常に面白かったのとともに、学びの多い時間でもありました。
特に印象深かったのが『“違い”こそがすべての感情の原点』なんだなということ。
今回は『違い』をテーマに、深層に入っていこうと思います。
“笑い”って“違い”なんだって思った。
言い間違い、聞き間違い、すれ違い、勘違い、意味の違い…いろんな違いが笑いのタネになってる。
分かりやすい例だと『Yahoo!』を『ヤホー』と言ってみたり。
コレって『ho』は『ホ』とローマ字読みするっていう共通認識がある中で、
言い間違いか勘違いかを起して“笑い”を生み出してる。
漫才だとボケが間違った(ズレた)ことを言って、それにツッコむ(違いを正す)。
コントだとそれが言葉じゃなくてシチュエーションで引き起こしたりする。
こんな感じで、“違い”を生み出すことが“笑い”の原点になってるのかなって感じた。
でも、ふと「“違い”が生み出すのは“笑い”だけじゃないか」ってことにも気づいたのよね。
“違う”っていろんな感情を動かす。
例えば恋人同士のケンカ。
「どうして私の気持ちをわかってくれないのだろう…」と彼氏彼女の気持ちの“違い”によって悲しむことがある。
例えば受験。
「たぶん落ちたかもしれない…」と思っていたけれど、予想とは“違い”合格出来て喜ぶ。
他にも上司と部下。
上司が言う「俺が若い頃は…」という時代の“違い”、あるいは立場の“違い”によって部下が怒りを覚えることがある、など
いろんな違いは喜怒哀楽、さらに驚きや期待などいろんな感情を生み出す。
“違う”から感情が動くし、感情が動くから生きていけるというか…動機づけになってる。
「“違い”を楽しめる人でいられたら、人生は豊かになんだろうなぁ」って、落語を通じて学んだ気がします。
“違い”を見つけたら、やっぱり楽しむことが大事だと思う。
いろんな“違い”が感情を生み出すけれど、そこに“笑い”が含まれているのなら、どんな出来事も“笑い”に変えることが出来るというか、“笑い”に通ずるはず。
私はもともと“違い”を楽しめるタイプだったので、この感覚は腑に落ちるけれど、中にはそうは思えない人もいると思う。
じゃあ、なぜこの“違い”が生まれるのか?
それについては次回書きたいと思います。
笑える“違い”と笑えない“違い”の正体はなんなのか?
私は“アレ”が重要なんじゃないかなって考えています。
【次回予告:テーマ「○○」】
準備中
コラム2026年2月3日第85話「すべての感情の原点」
コラム2026年1月27日第84話「己の器を測る為」
コラム2026年1月20日第83話「ホワイトパラダイス」
コラム2026年1月13日第82話「こっちだって負けてないぞっ!」

