レミオロメン『3月9日』の歌詞が言うほど響かないのはなぜ?

はてな 日々の出来事

レミオロメンでもっとも人気の曲と言ったらやっぱり『3月9日』になるかと…(それとも『粉雪』かな?)。

卒業ソングの定番で長年愛されている曲だと思いますが、正直に言うと私はこの歌詞に対してあまりしっくりきていません

どうして多くの人がこの曲が好きなのか、そしてなぜ私には少しも響かないのか、その理由を明らかにするために歌詞分析をしてみました。



レミオロメン『3月9日』の歌詞分析をする前に…

誤解される前に先に話しておきたいのですが、私はレミオロメンの音楽は聴きますし、『3月9日』も素敵な曲だと思っています。

カラオケとか、歌詞を見れば一曲歌うこともできますよ(。-`ω-)b

けれども、「歌詞が響く!」と言われている理由が分からないんです。

 

私が感じているよりも過大に良いと言われている気がして、「この差って一体何ですか?」という謎を解き明かしたいなとずっと思ってました。

簡単に言えば、『ココには世間と自分との間に感覚のズレがある』気がするので、それを今回は明らかにするわけですね。

 

とりあえず私が言いたいのは「曲の批判じゃないからレミオロメンファンの方は読んでも怒らないでね( ;∀;)」ということ。

では、言い訳は済んだので歌詞分析していきましょうか。笑

『3月9日』の歌詞分析スタート!

まずは曲を確認してみましょう。

 

いい曲ですね。名曲は色あせない^^

そう言えばホマキが出てますね。ホマキが(゜.゜)

 

さて、この曲は卒業ソングとして定着してますが、もともとは友人の結婚式のために作った結婚ソングだったと言われてますね。

とりあえず、歌詞をみていきましょうか。

流れる季節の真ん中で
ふと日の長さを感じます
せわしく過ぎる日々の中に
私とあなたで夢を描く
3月の風に想いをのせて
桜のつぼみは春へとつづきます

溢れ出す光の粒が
少しずつ朝を暖めます
大きなあくびをした後に
少し照れてるあなたの横で

新たな世界の入口に立ち
気づいたことは 1人じゃないってこと

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらに いることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私も そうでありたい

砂ぼこり運ぶ つむじ風
洗濯物に絡まりますが
昼前の空の白い月は
なんだかきれいで 見とれました

上手くはいかぬこともあるけれど
天を仰げば それさえ小さくて

青い空は凛と澄んで
羊雲は静かに揺れる
花咲くを待つ喜びを
分かち合えるのであれば それは幸せ

この先も 隣で そっと微笑んで

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらに いることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私も そうでありたい

引用元:3月9日/レミオロメン-うたまっぷ.COM

確かに結婚ソングと言われたら卒業ソングと言われるよりもしっくりきますね。

それにしても美しい歌詞です。何気ない日常が巡っていく幸せを感じる事をここまで美しく表現できるのは限られた人だけでしょう。

 

とりあえず歌い出しがスゴイですね。何気ない日(日常)を『流れる季節の真ん中』と表現するのはセンス

これだけで何気ない日や日常が巡っている様子、方向性も見えてくるからスゴイです。

 

また、サビでパートナーの事を歌うことで結婚という門出にふさわしい歌に感じますね。

この『門出』というイメージから卒業ソングとして認知されてるのかもしれません。

卒業ソングとしてもイメージが湧くので多くの人に愛されているのも納得です(‘◇’)ゞ

 

 

…あれっ?『3月9日』が言うほど響かないと言っているのに、絶賛してしまいました。笑

でも、いいモノはいいと認めることは大事なこと。

そして、歌詞分析をしたことで「どうして私が『3月9日』の歌を良いと思わなかったのか」その原因も何となく見えてきましたよ。

 

どうやら原因は『私の感覚』にありそうです。。。

 

やっぱりな…(。-`ω-)

『3月9日』が私には響かない理由

『3月9日』が私には響かない理由、それは「ハレ(非日常)とケ(日常)に対する感覚が鈍い」からかなと。

『3月9日』が響くのは結婚式や卒業式など『非日常の体験をしている時に日常を切り取っているから』だと思います。

「自分が体験した特別な日は何気ない日常があるから」と思える人ほど、ギャップが大きいからより心に響くんだろうなーと。

 

ところが、私は日常と非日常に区切りがあまりないです。(プロフィールより)

仕事に固定休みとかないですし、卒業式や成人式などのイベントにもあまり思い入れもありません。

言い換えるならば、オンとオフを切り替えない…というかそもそもオンとオフの概念がないのですね。

 

日常と非日常に差がないから『3月9日』を聴いていい曲だと思っても周りが言うほどは響かないのだと思います。

結論:『3月9日』が響くという人とは仲良くなれそうにない

『3月9日』が響くと感じる人はメリハリがあって充実した日々を過ごしているのだと思います。

キラキラした学生時代を過ごしたことでしょうし、イベントとか記念日を大切にする人でしょう。

確実に私とは真逆の人ですね。。。(^^;

 

一応弁明しておくと、私は決して学生時代が不遇だった訳ではないですし、イベントとか記念日とかも嫌いではないです。

けれども、生活にメリハリがある人、記念日を大事にする人は想い出を必要以上に美化する傾向にあって苦手なので、仲良くはなれないと思います(・_・)

もちろん、自分とは違う人には惹かれたり興味を持ったりするので、そういった方がどういう考え方をするのか、どんな気持ちで行動するのか気になりはします。でも、やっぱり仲良くはなれないと思います(・_・)

 

…ごめんなさい。偏見が過ぎました。笑

 

おそらく私のこの感覚は世間的に見れば少数派かなと思います。普通は日常にメリハリがある(必要な)生活をしていますし、世の中はソッチ中心に回ってますからね。

私はその生活ができなかったから別の生き方を探したわけで、また、そういった弊害によって『3月9日』という曲の本当の素晴らしさを感じられなくなってしまったのかなと。

 

でも、この感覚を持ったところで特に困ってないです(´▽`)

それに似たような感覚を持っている人は必ずどこかにいますからね。

似たような感覚を持っている奴がいる。そう思うだけで意外と気分は違います。

 

あなたにとって私もそうでありたい^^




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