すずの兵隊の簡単なあらすじと感想文。悲しい話と解釈するべきか?

アンデルセン童話8回目は『すずの兵隊』の簡単なあらすじと読書感想文を書いていきます。

この物語はタイトルは聞いたことがあるのですが、読んだことがないのでどんな内容なのか楽しみですね。

ところで、『すずの兵隊』の『すず』って何?

鈴?錫?広瀬?山之内?

答えはあらすじの後で!

【第27回の読書感想文はコチラ】




『すずの兵隊』の簡単なあらすじを確認してみよう

では、『すずの兵隊』の簡単なあらすじをまずは確認してみましょう。

【すずの兵隊の簡単なあらすじ】

ある男の子の誕生日祝いに、古い錫(スズ)のさじから作られた二十五人のスズの兵隊が送られた。その中の最後に作られた兵隊は材料のスズが足りなくなり一本足であった。

一本足のスズの兵隊は紙を切り抜いてできた踊り子の人形に思いを寄せる。その踊り子は一方の足で立ち、もう一方の足を高く上げていた。一本足の兵隊は踊り子も自分と同じ片足であり彼女が自分のお嫁さんにぴったりだと考えたのだった。

あくる朝、兵隊は窓から階下に落ちてしまう。町の子どもが兵隊を拾い紙で作った船に乗せて溝へ流した。流された兵隊は滝から落ち、最後には魚に飲み込まれてしまう。

魚は人間に捕まえられ、偶然にも男の子の家に買われてもとの場所に戻ったが、男の子は暖炉の中に兵隊を放り込んでしまう。兵隊が燃えていくなか、風が吹き、紙の踊り子は風に乗って暖炉の兵隊のそばに飛ばされ焼け失せてしまった。

一本足のスズの兵隊もだんだんと溶けていき、小さな塊になってしまった。

次の日に暖炉の灰をかき出すと、兵隊はハート型の小さなスズのかたまりになっていた。

すずの兵隊-Wikipediaより引用

(すずの兵隊の詳しいあらすじはコチラで確認:インターネットの電子図書館-青空文庫)

正解は『錫』でしたね。まぁ検討はついてましたけど。笑

さて、初めて読んだ物語でしたが、解釈が難しいタイプのお話ですか。。。

受け手の解釈に任せる物語だったので、複雑な感情になりますね。でも、私はこういうタイプの物語は嫌いではないですよ。

すずの兵隊のように無機質な私でも人間の感情がちゃんとあるんだと再確認できますからね(。-`ω-)

 

ただ、こういう物語はどこを切り取るかで印象も変わるので、感想文を書くのは難しさ半分、楽しさ半分といったところでしょうか。

どんな感想文にしようかなー(´▽`)

『すずの兵隊』の読書感想文-提出作品

【タイトル】無機物の感情を考える

今まで読んできた物語とは何かが違う気がした。そして、その答えが主人公が無機物だからという事に気づいたとき、今までの自分の中の常識を改めなければならないと感じた。

新しい価値観をしっかりと自分に落とし込む必要があると学んだ気がする。

すずの兵隊に出てくる主人公は、おもちゃでありながらとても人間らしさを感じるモノだった。

踊り子に恋をしてしまうところや壮大な旅に出ていくところはもちろん、読み進めていくと一本足であるところには人が何かしらのコンプレックスを抱えて生きている部分を連想させ、結末のハート型の小さなすずの塊になる部分は生きざまのようなものを感じた。

無機物でありながら読んだ人の心を動かす、むしろ、無機物であるが故に人の心を動かすのだと読み終えた後に感じさせられる。

人間や動物が主人公の作品が多い童話の中で、感情がないはずのおもちゃが主人公のこの物語は今まで以上に気持ちを動かされたかもしれない。

けれども、無機物だから感情がないというこれまでの常識は、もう壊さないといけない段階に来ていると最近は感じている。

おもちゃや機械が喋ったり行動することは、昔はファンタジーの世界であり、時代が進んで現実になると面白いと思えるものになった。

そして、今ではもう当たり前になっている。おもちゃや機械はただ存在するモノではなく、人の感情を伝えるツールとして人間の頭の中の一部として存在するモノと考えないといけないのかもしれない。

だとするなら、おもちゃや機械はもう感情を持ちうるモノだと認める必要が人間にはあるのかもしれない。

私たちが普段当たり前のように使っているパソコンやスマホ、アプリなどは情報を扱うただのツールだと認識していた。

しかし、これらに込められている情報はたくさんの人間の感情をデータ化しただけで、その根本には確かに感情が存在している。

その事を理解しないと、自分では気づかないうちに誰かを傷つけてしまう事に気づけないままだ。

『画面の目の前には人がいる』という事を当たり前にするために、無機物にも感情があるという新しい価値観を自分の常識にしたいと思う。

(874文字)

この物語は悲しい話と解釈するべきなのか?

絵本『すずの兵隊』の表紙画像

今回は『無機物』をテーマにしてみました。が、無機物の定義が良くわかってないので、ココでは『人間や動物以外のすべてのモノ』として考えていただければと思います。

 

さて、『すずの兵隊』を読んで感じたのは「本来は感情を持たないモノが感情を持つだけで、こんなにも心が動かされるのか」ということ。

決して悲しい物語ではなく、むしろ、「当たり前に存在しているモノにもし感情があったら、こんなこと考えるのかなーと想像させてくれる、楽しい気持ちにさせてくれる物語なのかな」と、そんな風に解釈しました。

 

最近は「本当に感情を持っているモノが増えてきているんじゃないか?」とも考えるようになってきています。

AI時代で機械(無機物)が自分で学習する一方で、その便利さを扱えない人間が増えている。

「自分もその一人だな」と思ったときに、機械を無機物(ただのモノ)として捉えるのではなくて、感情を持っていると考えた方がいいかもしれないですね。

 

私が生きている間はどうか分かりませんが、いずれ18号(人造人間)みたいに人間の姿をしたロボットと当たり前のように共生していく時代が来ると思います。

その時のために、機械にも感情があると思って生活したほうがいいなーと感じて、あんな感想文になりました。

 

今はまだ機械が感情を持つというのはないかもしれないですが、少なくともいま使っている機械は人の感情を表現するモノではあると思います。

『画面の向こうに人がいる』という事は目の前に人がいないので、想像できない人もまだいると思いますが、いま使っているスマホやパソコンに感情があると考えられたら、無意味に誹謗中傷する人も減っていくかもしれないなーなんて期待しています。

 

まぁ、実際に部屋にあるものすべてのモノが感情を持ったら生活できないけど。笑

【第29回『もみの木』の読書感想文】

トイストーリーやワンピースを想起させる童話の優秀さ

おもちゃに感情があるというと『トイストーリー』を思い出しますね。あれもおもちゃなのに感情があるというのがより人の感情を動かす部分もあるかもしれません。

もっと言えば、人間は変わっていくけれどおもちゃは変われないという部分がさらに感情を動かしますよね。

もしかしたらトイストーリーの脚本を考えた人達は『すずの兵隊』を読んでいたかもしれないですね。

 

ところで、『すずの兵隊』を読んで真っ先に思い出したことはありませんか?それは「あっ、これワンピースのドレスローザ編のヤツか!」ということ。

今さらかよ!( ゚Д゚)」 となりそうなところですが、キュロスのモデルはこの一本足の兵隊さんでしょう。

これに気づいてふと思ったのが、「アイディアっていかにいろんな作品に触れてきたのかが大事なんだな」ということ。

アイディアってのはゼロからは生み出せないものだと。何か基準や土台があったり、あるいは何かと何かを組み合わせたりして新しいアイディアが生まれるんだなと。

 

数えきれない数の人たちが生きてきたことを考えると、『アイディアの発端にゼロはない』のですね。

だからいかにいろんな作品に触れるかがアイディアを生む重要なポイントなんだと思いました。

 

それと、よりオリジナルに近い(起源が古い)ものを参考にした方がいいのかなと。

ワンピースのドレスローザ編を参考にするよりは、すずの兵隊を参考にした方がより新しいアイディアを考えやすいと思います。

これから何かアイディアを生み出すときは、よりオリジナルに近い作品に触れた方がいいかもしれませんね。まぁ、古すぎると今度は理解できないこともありますが(^^;

 

でも、改めて本を読むのは大事だなと気づかされた気はします。

そういった意味では童話って優れたコンテンツかもしれないなー(´▽`*)