マッチ売りの少女のあらすじと感想文。悲しい結末から『幸せ』について考察

アンデルセン童話2回目は『マッチ売りの少女』の簡単なあらすじと感想文を書いていきます。

コチラも有名なお話ですし、子供の頃に読んだことがありますね。「悲しいお話だなぁ」みたいな記憶はありました。

大人になって改めてマッチ売りの少女を読んで、どう感じるのかを言葉にして感想文を書いていきたいと思いますね。

【第21回の読書感想文はコチラ】




『マッチ売りの少女』の簡単なあらすじを確認してみよう

まずは簡単なあらすじからご覧ください。

【マッチ売りの少女の簡単なあらすじ】

年の瀬も押し迫った大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。マッチが売れなければ父親に叱られるので、すべてを売り切るまでは家には帰れない。しかし、街ゆく人々は、年の瀬の慌ただしさから少女には目もくれず、目の前を通り過ぎていくばかりだった。

夜も更け、少女は少しでも暖まろうとマッチに火を付けた。マッチの炎と共に、暖かいストーブや七面鳥などのごちそう、飾られたクリスマスツリーなどの幻影が一つ一つと現れ、炎が消えると同時に幻影も消えるという不思議な体験をした。

天を向くと流れ星が流れ、少女は可愛がってくれた祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」と言ったことを思いだした。次のマッチをすると、その祖母の幻影が現れた。マッチの炎が消えると祖母も消えてしまうことを恐れた少女は、慌てて持っていたマッチ全てに火を付けた。祖母の姿は明るい光に包まれ、少女を優しく抱きしめながら天国へと昇っていった。

新しい年の朝、少女はマッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいた。しかし、この少女がマッチの火で祖母に会い、天国へのぼったことは誰一人知る由はなかった。

(マッチ売りの少女-Wikipediaより引用)

(マッチ売りの少女の詳しいあらすじはコチラで確認:インターネットの電子図書館-青空文庫)

悲しいお話という記憶はありましたが、想像以上に悲しいお話ですね。

大人になったからか、子供の頃には見えてこなかった背景を感じることが出来るので、より悲しさの度合いが強くなったように思います。

 

今回もどこを切り取って感想文を書くか悩ましいですね。。。

人によって注目するポイントがいろいろ違うと思うので、「これが正解!」ってのは存在しない気はします。

少女に感情移入する人もいれば、「周りの人たちはなんで助けないの?」と怒る人もいるでしょう。

いろんな解釈があると思いますが、私なりの意見を感想文として書いていきますね。

『マッチ売りの少女』の読書感想文-提出作品

【タイトル】幸せとは?

マッチ売りの少女の物語で最も印象的なシーンは「だれかが死ぬんだ…」と言葉にした場面。

少女を可愛がってくれた祖母の言葉を思い出した場面だが、この時に少女は自分の命がもう長くないということを悟ったのだと思う。

マッチを擦り、そこに現れた幻影の祖母に抱きしめられながら天国に昇った少女だが、マッチの燃えカスを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいたという結末には複雑な心境を覚えた。

少女にとっては死ぬことが幸せを感じる唯一の方法だったのだろう。

この物語の少女の様に『死ぬことが幸せを感じる唯一の方法だった』という点は納得いかない。

でも、「あなたにとっての幸せとは?」と問われたら明確な答えを言える自分がいない。それどころか、幸せについて本気出して考えてみたことすらなかった事に気づいた。

幸せについて考えた事もない人間が果たして幸せを感じることなどできるのだろうか、そんな事を思うと少なからず不安に感じてしまう。

けれども、幸せに関して自信を持って言えることが一つだけある。それは「私は不幸ではない」ということ。

決して順風満帆な人生を送ってきたわけではないし、何か特別なスペックがあるわけでもない。

それでも不幸だなんて感じたことは人生で一度もなければ、死にたいと思ったこともない。

「あなたにとって幸せは何か?」と聞かれたら何も思い浮かばないけれど、強いて言えば、毎日無意識に幸せを感じていると思う。

マッチ売りの少女の場合、主人公が子供であるから不遇な環境に対して悲しさを感じるが、自分に置き換えた場合、同じ環境に置かれても不幸だとは思わない。

このように思うのは、幸せを自分の行動次第で決められると考えているからだろう。

大人になれば自分の意思一つでどんな選択肢も選ぶことが出来る。だから、幸せも不幸も自分でコントロールできるものだと私は思う。

幸せについて本気出して考えてみたら、明確な答えが見つかった。

私にとって幸せとは、生きていることである。

(814文字)

『幸せ』をテーマに物語を考察してみよう

絵本『マッチ売りの少女』の表紙画像

今回のテーマは『幸せ』について。

『幸せとは何か?』って難しいですよね。。。

今回の感想文は普段の倍以上の時間をかけて書いているのですが、「幸せとは何か?ってすぐには答えが分からない、それだけ不安定なものなんだろうなー」と思いました。

結局、考えても分からなかったので「生きてることが幸せ」という風に書きました(^^;
まぁ、この気持ちに嘘はないと思います。

 

感想文ではポルノグラフィティ感を出しちゃいましたが、幸せに本気出して考えてみたことって今までなかったように思います。

そう思うのは、少なくとも自分の人生は不幸ではなかったんだろうなーと。

浪人してるし、就活失敗してるし、友達少ないし、、、あれっ、目にゴミが…(;_;)笑

一般的にみたら不幸に見えるかもしれませんが、私は自分を不幸だと思ったことは一度もないですね(。-`ω-)

自分のいる環境と不幸は必ずしも結びつかないのかなと思いました。

 

私は環境先行型の人間で、すぐに環境を変えたくなるのですが、それは別に大事なことではないのですね。

大事なのは環境を変えることで気持ちが変わること、行動が変わることで、同じ環境で頑張ってみるというのも一つの正解なのでしょう。

 

とりあえず、、、生きてればいいことあるって。楽に行こうぜブラザー(´-ω-`)b

【第23回『みにくいあひるの子』の読書感想文】

死ぬ間際の最後の願い、どうする?

マッチ売りの少女ではマッチを擦って幻影を見ていましたよね。

暖かいストーブや七面鳥などのご馳走、可愛がってくれたおばあちゃんなど、最後に願いを叶えてもらった描写も印象的でした。

 

ところで、死ぬ間際に最後の願いを叶えてもらえるとしたら、どんな願い事をしますか?

私はこれも『幸せ』と同じで、なかなかすぐに思い浮かばないですね。

こういう事をすぐに言える人ってすごいですよなー、普段から考えているんでしょうね。

 

最後の願いって意外と平凡なものだったりするんでしょうか?

それこそマッチ売りの少女のように「七面鳥を食べたい!」とか「おばあちゃんに逢いたい!」とかシンプルな欲求だったりするのかな。。。

うーん…多分そうだな。

結局、願いってのはシンプルで身近なものなのでしょうね(-.-)

最近『老人と海』を読んだからか、『人生』とか『幸せ』とか壮大なテーマについて書くようになってきたな(;´∀`)

何かもっとくだらない事について話したいよね。

『開いてる店は開いてるけど、閉まってる店は閉まってる』みたいな話がいいかな。笑