ハーメルンの笛吹き男のあらすじと感想文。モヤモヤの正体を考察

ハーメルンの笛吹き男 作文・感想文

グリム童話10回目は『ハーメルンの笛吹き男』の簡単なあらすじと読書感想文を書きました。

タイトルも内容も知らなかったのですが、読んでみると怖さもあるしメッセージ性もあるし、不思議なお話でしたね。

「この物語を子供の頃に読んでいたらどんな感情になったんだろうなー」と想像してみましたが、その答えはもう出せないので今の自分の感情を記録しておきたいと思います。




『ハーメルンの笛吹き男』の簡単なあらすじを確認してみよう

それでは『ハーメルンの笛吹き男』の簡単なあらすじから確認していきましょう。

【ハーメルンの笛吹き男の簡単なあらすじ】

1284年、ハーメルンの町にはネズミが大繁殖し、人々を悩ませていた。ある日、町に笛を持ち、色とりどりの布で作った衣装を着た男が現れ、報酬をくれるなら街を荒らしまわるネズミを退治してみせると持ちかけた。

ハーメルンの人々(市長や議長)は男に報酬を約束した。男が笛を吹くと、町じゅうのネズミが男のところに集まる。男はそのままヴェーザー川に歩いてゆき、ネズミを残らず溺死させた。

しかしネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は笛吹き男との約束を破り、報酬を払わなかった。

約束を破られ怒った笛吹き男は捨て台詞を吐きいったんハーメルンの街から姿を消したが、再び現れる。住民が教会にいる間に、笛吹き男が笛を鳴らしながら通りを歩いていくと、家から子供たちが出てきて男のあとをついていった。

130人の少年少女たちは笛吹き男の後に続いて町の外に出てゆき、市外の山腹にあるほら穴の中に入っていく。そして穴は内側から岩でふさがれ、笛吹き男も子供たちも、二度と戻ってこなかった。

【一部編集あり】
(ハーメルンの笛吹き男-Wikipediaより引用)

(ハーメルンの笛吹き男の詳しいあらすじはコチラで確認:インターネットの電子図書館-青空文庫)

私は怖さやメッセージ性を強く感じたのですが、この物語は実話が基になっているみたいですね。真相はよくわからず、いろんな説があるようです。

笛吹き男について行って子供がいなくなるというのはにわかに信じがたいですが、どことなく「リアルだな…」と思ったから、他の物語とは毛色が違うと感じたのかもしれません。

映像がイメージしやすいと感じましたし、ここからインスピレーションを受けていろんな物語が作れそうですね。ですが、今回は純粋に感想文を書こうと思います。

では、『ハーメルンの笛吹き男』のあらすじを確認したところで感想文に移りますね。

『ハーメルンの笛吹き男』の読書感想文-提出作品

【タイトル】理不尽とどう向き合うか

罪のない人が被害を被る。物語を読み終えた時にこの言葉が頭をよぎった。

報酬を約束したのに払わなかった。そのために子供たちが連れ去られてしまい、二度と戻る事はなかったわけだが、約束を守らなかったのは市長である。

けれども、約束を破った報いを受けたのは何の罪もない子供たちだった。

この物語を読み終えた後の何とも言えないモヤモヤ感は、理不尽な出来事に気持ちが上手く整理できていないからかもしれない。

自分の気持ちを整理するために私が考えたのは「何が悪かったのか?」ということ。

報酬を支払わなった市長は悪いだろう。約束を故意に破ったのだから。また、笛吹き男も悪いだろう。ネズミを退治したのに報酬がもらえなかったからと言って、子供たちを標的に報復したのはいただけない。

いや、そもそもネズミが繁殖したのが悪い事だった。ネズミさえいなければこんな事件は起こらなかったはずだ。そんな事を考えていると、ふと自分が嫌な人間になっているような気がした。

それは結局考えてみたところで何も解決することはなく、子供たちが救われる事はないと気づくからだ。

意味のない脳内議論を続けているだけで、この状態が続くと理由なく「あれが悪い、これが悪い」と考えてしまい、卑屈な気持ちになってしまう。

無関係の立場を利用して好き勝手に意見を言う弱い人間、ずるい人間に自分が堕ちていく気がしてしまった。

けれども、現実に目を向けなければ問題を解決する事はできないだろう。

もし似たような理不尽な出来事が自分の身に起きた時、私はその状況から逃げることはできない。

どれだけ考えても完璧な答えはないし、理想的な答えにたどり着くこともないだろう。

ただ一つできることは、迷いながら最善の答えをその都度見つけていくことだけかもしれない。

(733文字)

モヤモヤの正体を考察してみよう

『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』の表紙画像

今回はモヤモヤした感じの感想文になってしまいましたね。自分でもあんまりしっくり来てません。ただ、それでいいと思って書いてみました。

「自分にとって関係のないことでも当事者意識を持って考えてみるのもたまにはいいかな」と思って、こんな感想文になったのですが、エネルギーを使いますね。

自分と関係がないことに対してあれこれと意見を言うのは「やっぱり向いてないな」と思いました。

 

一応誤解のないように書いておきますが、『無関係の立場を利用して好き勝手に意見を言う』こと自体は悪いとは思いません。第三者の立場だから見えてくるものってありますし。

ただ、私の場合だと悪い部分に目がいきがちで、否定的で卑屈な自分が出てきてしまう部分があります。なので私は言葉には出さないようにした方がいいかなと。

まぁ、その辺のさじ加減は人それぞれでいいと思います。言いたい人は言えばいいし、言いたくない人は言わなければいいし。自由に考えることでしょう。

もちろん、故意に人を傷つけるような事を言うのはダメですけど。

 

今回の感想文は上手く表現できなかったですが、気持ち的には納得感があります。

私はこういう答えが出そうで出ない事を考えるのが好きみたいです。

 

ただ、ほとんどの場合で「どっちでもいいよー」となってしまうのは改善しないとかなとは思いますが(^^;

もっと知識と教養を身に着けていかないとよりベターな答えは出せない気がします。私は人間的にまだまだですね。

お前は完璧な人間か?

感想文では『罪のない人が被害を被る』と書きましたが、ここで言う『罪のない人』というのは『無関係な人』という意味で書いてます。

私はそのつもりで書いていたのですが、『罪』について調べてみるといろいろ意見があって「そう考える人もいるのかー」と、言葉の受け取り方はそれぞれなんだなぁと感じました。

その中には『罪のない人はいない』というものもあったのですが、確かに考えようによってはそうかもしれませんね。

 

極論、食べ物を食べるもモノを使うも、動物や自然の命を犠牲にしているわけですし、「全く罪がないか?」と言われたらはっきり「No」と言える自信は私にはありません。

もし目の前に100円が落ちていても、私は「交番に届けなきゃ」と思わないです。おそらく…あっ、いや「見てみぬフリ」をします。。。フゥ(・.・;) 笑

みんな弱さとかずるさは多少なりとも持っていると思いますし、迷いながらもそういう気持ちと向き合いながら生きていくんですね。

私は完璧な人間ではないというのは無意識に思っていましたが、改めて肝に銘じておきたいと感じます。

 

さて、『ハーメルンの笛吹き男』でグリム童話の読書感想文は10回目、全体としては20回分の読書感想文を書いたことになりました。

なんとなくで始めたことでしたが、週に1回ほぼ毎週感想文を書き続けた事に関しては「良く続けてきたなー」と思います。

一応今回でグリム童話編は終わりになりますが、本を読んで感想文を書くというのが楽しいと感じているので、また新しい何かを探して、もうしばらく続けていこうかなと。

 

『何のために書いているのか?』という目的すらもう分からないですが、迷いが生じていないという事は充実しているという事だと思うので、これからも我が道を進んでいきましょう^^

結局、理不尽とどう向き合うかに関しては答えがわからなかったなー。「コレ!」っていうのはないのかな、まぁ状況次第か。




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