舌切り雀の簡単なあらすじ。感想文は…教訓がタイムリー過ぎたので自粛

舌切り雀の読書感想文 作文・感想文

第9回は舌切り雀の読書感想文を書きました。

何気なく選んだのですが、舌切り雀はめちゃめちゃタイムリーな内容になっていて、すごく書きにくかったです。

まぁでも、これも運命でしょう。(あえて書き直しはせずに、その当時の気持ちで残しておこうと思います)




『舌切り雀』の簡単なあらすじを確認してみよう

まずは、舌切り雀の簡単なああすじから確認してみましょう。

【舌切り雀の簡単なあらすじ】

昔々、心の優しいおじいさんと欲張りなおばあさんがいた。おじいさんは雀の子を大事に飼っていたが、その雀が糊を食べてしまう。これに怒ったおばあさんが雀の下を切り、外へと放ってしまった。

それを聞いたおじいさんが心配して雀を探しに行くと、藪の奥に雀たちの宿を見つける。雀は糊を食べてしまったことを謝り、自分を探してくれたおじいさんに感謝を伝えた。

ご馳走を用意され、歌や踊りでもてなした後、帰り際にお土産として大小2つのつづらを用意され、おじいさんは「歳を取っているから」と小さいつづらを持ち帰る。家に帰り中身を見てみると金、銀、宝石などが詰まっていた。

これを見た欲張りなおばあさんは雀の宿に行き、大きなつづらを強引を受け取り、帰り道の途中でつづらを開けてしまう。すると、中から怪物が出てきておばあさんは腰を抜かしてしまったとさ。

(舌切り雀の詳しいあらすじはコチラで確認:インターネットの電子図書館-青空文庫)

欲張ることは悪いことではありませんが、必要ないものに対しても欲張るのは良くないですね。

特に、豊かになった現代だと気づきにくい部分でもあるかもしれません。

では、舌切り雀のあらすじを確認したところで、引き続き感想文をご覧ください…といきたかったのですが、今回はエッセイ風にしています。

舌切り雀の読書感想文-提出作品

【タイトル】欲と欲張りの間で何想う

舌切り雀は欲張ることは良くないことを教えてくれる。おばあさんはひどい目にあったことで自分の行動を反省し、学びを得た。だが、欲は必要なものでもある。欲は世の中を発展させ、自分を成長させる原動力だ。欲は必要、でも欲張りはいけない。私は一体どうすればいいのだろうか。

頭の中で何度も何度も考えても答えは出ない。テレビやネット記事、Twitter等々を見てもしっくりくる答えは見つからない。時間が経つ。事態は何も変わっていない。それでもお腹は空く。ボーっとしながら料理を作る。最近よく作るのは麻婆豆腐だ。隠し味に砂糖を入れるとコクが出ると言われ試そうと思ったが、入れ忘れた。無意識のうちに料理をしたからか、ふと「作り過ぎちゃったな。こんなに食べきれないや。」と思う。

そこで気づく、欲張りは無駄だということに。ずっと遠くにあると思っていた答えは自分の目の前にあった。たった一つの小さな行動で答えが見つかることがある。欲張っていろんな情報を手に入れようとしたことを後悔している。

欲張りが良くないことは分かった。ただ、ここでこんな疑問も生まれる。どうやって欲を満たせばいいのだろうか。満足するためにはどうしたらいいのか。けれども、その答えにはすでに気が付いている。欲を満たす必要はないと。

足りないくらいがちょうどいい。後で足す必要もない。また別の機会にやり直せばいい。自分で作った麻婆豆腐はフライパンからお皿に移した時点で一度完成しているのだから。そんなことを思いながら食べる直前に思ってる倍、砂糖を入れたことを後悔している。

欲に対する心構えはできた。私は欲の海を乗り越えていけそうだ。そんな勇気が湧いてきた。けれども、船を出してまた新しい問題を見つけてしまう。私は一人では生きていけない。独りよがりの考えでいいのだろうか。次の目的地はもう少し手前にした方がいいのだろうか。

ひとまず、この船で海を渡ることにしている。

(800文字)

教訓がタイムリー過ぎたから感想文は自粛…

舌切り雀の絵本の表紙

これは…感想文ではないですね(゜.゜)

エッセイって言ったらいいのかな?とりあえず読書感想文としては0点かな。本の内容にほとんんど触れてないし。笑

ただ、感想文にするとどうしても気持ちが強すぎて直接的な表現になってしまい、自分で読んでいて不快な気分になったのでこんな感じにしてみました。

まぁ、たまにはこんなのもいいでしょう。

 

さて、今回のテーマは『欲』にしましたが、それは舌切り雀の教訓が「欲張りすぎるのは良くない」というものだったから。

それがなぜいけないのかに関しては言わずもがなと言ったところでしょう。

※これを書いた時期はちょうどコロナウイルスが流行し始めた頃。デマによってマスクやトイレットペーパーの買い占めが起きた時期でした。

 

それで、『欲』について調べてみたのですが、いろんな考えがあって、その人らしさが出るテーマなんだなぁと感じました。

いろんな捉え方がある中で、『仏教の教え』による『欲』の考え方みたいなのを知って、仏教の懐の深さ?器の大きさ?を感じてすごくおもしろかったです。

私がいかに薄い人間かを思い知らされましたね。笑

普段の生活で宗教を意識することはありませんが、一応は仏教徒なのでこういう教えを少し学んでみようかなーと思っています。

 

欲は必要だと思いますし、私は欲が少ないのが弱みでもあるかなと。

昔ほどハングリー精神はなくなりましたよね。人生をかけて熱くなれる何かをもう一度見つけたいですな(-.-)

ちなみに、物欲があんまりなくて、何の面白みもない部屋で普段過ごしてます。つまらない男ですよ。

なんかモノが多い部屋苦手なんですよね(´-ω-`)

 

ただ、コレクター癖みたいなのはあります。

それは自覚しているので、フィギュアとか買わないようには意識しますよね。シリーズ物は1個目を買ったら最後です。笑

そういえばTwitterで『こち亀』の「独占してはいけないよ」という両さんとおばあさんが話しているシーンがリツイートで流れてきたり、『AKIRA』が未来予測していると話題になりましたね。

私は『AKIRA』は漫画も映画も観ていないので、落ち着いたら一度作品に触れてみたいと思います。

漫画ってスゴいですね。

言葉や文字、難しいと感じるのはなぜ?

言葉(話す)や文字(書く)の力って強いですよね。

ポジティブなこと、ネガティブなこと、目や耳にするだけでそのイメージに引っ張られるのは言葉や文字の持つ力の強さを感じます。

『ペンは剣よりも強し』という言葉もあるように、言葉や文字って時に人を傷つけることもあって、簡単に扱えるものなのに扱い方が難しいと感じることもありますね。

 

では、なんで難しいと感じるのか。

それは『表面を相手の主観で判断されるから』なのかなーと思っています。簡単に扱えるものだからこその弊害かもしれません。

例えば、「私はお米が好き」と言ったら、普通は「この人はお米が好きな人」で終わりますが、情報や環境を知っていると、「えっ?あんなにパンばっかり食べるのに意外!」とか「銘柄の違いまで分かるくらい米好きだもんなー」など相手の気持ちを推測していろんな感想を持つことができます。

でも、そういった情報がないと相手の主観で判断されてしまうので、「米みたいなマズいモノよく食べられるな」とか言えちゃうんですよね。

 

自分を知らない相手に何を伝えても、自分が本当に思っていることが正しく伝わることはない。だから言葉や文字は難しいのかなと。

表現や行動は一つしかできないので、表面上だけで判断されるのは悔しいところもありますが、仕方がないとも思います。

そういう時には結局、自分らしく考えて行動するのが一番だなとなりますね。

まぁ私の場合、誰かに何かを伝えたいとかそもそもないんですけど。笑

 

ちなみに、言葉(話す)と文字(書く)ってどちらが優れていると思いますか?

どっちが優れているというのはないですが、私は、言葉は『情熱』、文字は『冷静』というイメージを持っています。

言葉はその人の気持ちが伝わって、文字はその人の考えが伝わってくる。

昔は文字の方が残るし、長く広く伝わるから優れてると思ってましたが、今は動画で残せますからね。言葉の方が優れてるかもと考えたりもします。

どっちが優れているかの答えは、まだまだわからないですね。まぁ、決める必要もないでしょう。




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