かちかち山のあらすじと感想文。この怖い話から学べることとは?

第6回は『かちかち山』の読書感想文になります。

物語の後半部分は覚えていたのですが、前半部分はうろ覚えで、改めて読んでみた時は話の展開に正直ゾッとしました。めちゃくめちゃ怖いですね(;´Д`)

そんな物語の感想文になるので、今回の読書感想文は心してお読みください。

【第5回の読書感想文はコチラ】




『かちかち山』の簡単なあらすじを確認してみよう

まずは簡単なあらすじから確認していきましょう。

【かちかち山の簡単なあらすじ】

昔ある所に畑を耕している老夫婦がいた。老夫婦の畑を荒らすタヌキがいたが、おじいさんは耐えかねて罠でタヌキを捕まえる。タヌキを家に連れて帰ったおじいさんは家にいるおばあさんに「コイツを料理してタヌキ鍋にしてくれ」と頼んで畑仕事に戻った。

タヌキはおばあさんに「もう悪さをしない」と言い縄をほどいてもらうと、タヌキはおばあさんを殺し、ばばあ鍋を作った後、おばあさんになりすました。

おじいさんが帰宅したあと鍋を食べるとタヌキは変装を解き、おじいさんが食べたのはおばあさんだとあざ笑って逃げてしまう。その様子を見たウサギが仇をとりにいく。

ウサギはタヌキを山に柴刈りに誘い、その帰り道、タヌキの背負った柴に火打ち石で「カチカチ」と火をつけ、タヌキは背中に火傷を負った。火傷が治ると今度は海に誘い出し、大きな泥船に乗ったタヌキは途中で海におぼれてしまい、死んでしまった。

(かちかち山の詳しいあらすじはコチラで確認:インターネットの電子図書館-青空文庫)

大雑把なあらすじにはなりますが、要は悪いことをしたらその報いを受けるという物語ですね。

かちかち山は賛否両論が激しい物語で、「不用意なおじいさんが悪い」「いたずらをしたタヌキが悪い」「騙されるおばあさんが悪い」「やりすぎたウサギが悪い」などいろんな感想が飛び交っています。

確かに意外と判断が難しいかもしれません。みんな悪いとは思いますが(^^;笑

では、かちかち山のあらすじを確認したところで、引き続き感想文をご覧ください。

かちかち山の読書感想文-提出作品

【タイトル】知恵と知識を活かす力とは何か?

かちかち山は怖い話だ。タヌキの行為もウサギの行為もどちらも許されるモノではない。けれども、ただの怖い話では終われない自分がいる。直接的ではないこの怖さの正体は一体何なのか、いま一度あらすじを捉えてみてみたいと思う。

タヌキは悪知恵でおばあさんを騙して殺し、タヌキ汁ではなくばばあ汁を作る。そして、自分はおばあさんに化け、晩ご飯でおじいさんにおばあさんの肉を食べさせるという残酷な仕打ちをすることで自分を捕まえたおじいさんに復讐をした。

その後、おじいさんを可哀そうに思ったウサギが知識を活用してタヌキを懲らしめ、最終的にタヌキは海に沈んでいくことになった。悪いことをしたら自分にも返ってくるという因果応報の教訓、タヌキの悪知恵とウサギの知識との対比などウィットに富んでいる話であるが、決して手放しで納得できる物語ではないだろう。

一連の復讐劇はその行為が行き過ぎているところがあり、そこに怖さを感じるのはもちろんだが、私はこの物語から別の怖さを感じていた。その怖さの正体は何か。それは彼らの行動に「心を感じない」と思ったからかもしれない。

タヌキもウサギも頭は働かせているのに想像力が欠けているという気がしてならないのだ。今回の場合、頭は使っているので想像力がないというよりは体験力がないと言った方がイメージしやすいのだろうか。

彼らには『体験』という頭ではなく心や体で感じ取る能力が圧倒的に欠けているのではないか。その行為をしたら相手はどうなるのかはもちろん、「自分の気持ちはどう感じるのか」について気づけていない気がする。そこに怖さを感じたのかもしれない。

世の中を上手に生きていくためには知恵は必要であり、知識があれば課題を解決する手助けになる。知恵も知識もどちらも必要な力であり人生の役に立つが、それを適切に扱うためには心や体で感じる力が大事であり、この力がなければ価値のないものになってしまうのだろう。

(800文字)

文字で読む以上の怖さを感じる気持ち悪い物語

かちかち山のかわいいイラストの絵本

『かちかち山』はすごく考えさせられる物語だったのですが、語彙力のなさと800字という文字数制限の中で思うように書くことができず、自分の未熟さを痛感しております。。。

今回は大きく言えば『心』をテーマに感想文を書きたかったです。

 

タヌキが知恵を使っておばあさんを騙すことは知恵の必要性を感じましたし、ウサギの知識があるからできる仕返しには知識の必要性を感じました。

けれども、お互いがやった行為からは文面から感じること以上の怖さを感じて、それがすごく気持ち悪かったのですね。

何度も読み返しているうちに「その行為をした後の状況をイメージできてるのかな?」と感じるようになり、この無機質な考え?愉快犯的な思想?が『本当の怖さ』なのかなと。

知恵や知識を持っているのにそれを活かせていない『心の未熟さ』みたいなモノについて書けたら良かったんですけど、私の文章力の方が未熟でしたね。。。泣

 

『想像力の対義語』がわからなくて、困ったのよね。

私は『想像』の対義語を『体験』だと思って、【体で想像する・体験を想像する】というニュアンスで『体験力』という安い言葉を作ってしまったのですが、もっと適した言葉が存在するはずなんですよ。きっと。

心の目、アファンタジア、認知力、理性、光景、、、

いろいろ調べたんですけど、ストライクゾーンの際でボール一個分出し入れしてる感じがして、「ストライクッ!」って大声でコールできる言葉は見つからなかった。

想像を『頭で考える』として、その反対を『心で感じる』とするなら『感性』という言葉が一番しっくりくるかなという気もするのですが、感性だと動作がない気がして…。

部分的に想像力が欠けていると書けばそれでもいいんですが、スマートではないかな。まぁ『体験力』よりはスマートか。笑

そもそも体験は実際に行ったこと(過去)で、想像はやってないこと(未来)だから共存することがないのか。。。

ダメだ!自分でもなに書いてるかよくわかんなくなってきた!お手上げです\(~o~)/

 

この物語は人によって全然タイプの違う感想があると思いますし、立場や視点によって同じ人でもいろんな感想が書ける素晴らしい作品だなと思いました^^笑

「ばあさん騙されないように気を付けないとダメでしょー」「いやいやウサギやりすぎでしょ?」とかもっとシンプルな感想文の方が良かったかなー(*´Д`)

【第7回『一寸法師』の読書感想文】

現代社会と通じるところを感じた物語

「かちかち山」は想像以上に考えさせられる素晴らしい作品だと思ったのですが、それは「昔話なのにどこか現代社会にも通じているところがあるから」と感じたからかもしれません。

『悪いことをしたタヌキを懲らしめるウサギ』という仕組みは、悪いことをした芸能人を叩くSNS上の人に重ね合わせることができそうですし、『心を感じない行動』はAI社会で懸念されているマイナスの側面を表しているような気もします。

時代は進んでいるのに、対象やきっかけが人からモノに変わっただけで実は進歩していないような気持ちになるのは皮肉めいていて面白くも感じますね。

 

時代が変わって便利になったことでモノに価値がたくさん生まれていると思いますし、そのおかげで生活は豊かになったと感じます。

ただ、いろんなモノが溢れて便利になったのは『誰か(人)のため』ですし、モノの向こう側には人がいると思って行動すると、愛情のない世の中にはならないのかもしれませんね。

この怖い物語からは「思いやりや愛情を持って人と接しようね」という当たり前のことを教えられたような気がしました。