オオカミ少年(童話)の読書感想文-嘘の成功で学んだ失敗体験

オオカミ少年のイラスト画像 作文・感想文

イソップ童話3回目は『オオカミ少年(羊飼いとオオカミ,嘘をつく子供)』の簡単なあらすじと感想文を書いていきます。

有名なお話ですし、漫画『ワンピース』でウソップが「海賊が来たぞー!」とオマージュしたシーンなどを私なんかは思い出しますが、改まって『嘘』について考えてみると、意外とどう捉えたらいいのか難しく感じました。

『嘘』は良い悪いで決められるものではないのかもしれませんね。




『オオカミ少年』の簡単なあらすじを確認してみよう

『オオカミ少年』のお話はご存知の方も多いと思いますが、改めてあらすじを簡単に確認していきましょう。

【オオカミ少年の簡単なあらすじ】

羊飼いの少年が「オオカミが来たぞー!ヒツジたちを襲いに来たぞー!」と嘘をついて大きな声で叫んだ。

その声を聞いた村人たちは武器を持って次々と飛び出してくるが、そこにオオカミはいません。

村人は騙されたことを知り、怒ってしまう。

そんな事を繰り返していたある日、本当にオオカミが現れる。少年が「オオカミが来たぞー!」と叫ぶが、
村人は誰も少年の言葉を信じず、誰も助けに来なかった。

そして、羊飼いの少年は自分の羊をすべてオオカミに食べられてしまった。

>>オオカミ少年の詳しいあらすじはコチラで確認-昔話童話童謡の王国

良く出来たお話です。

イソップ童話は自分にとっては身近なお話ではないのに、明確な教訓があったり、ハッとさせられますね。

今回も教訓を先に確認して、内容を軽く整理してみましょう。

『オオカミ少年』の教訓は『無意味な嘘をつくことの愚かさ』

『オオカミ少年』の教訓として一番分かりやすいのは『嘘をつき続けることの愚かさ』ですか。

嘘をつき続けることで誰からも信用されることがなくなり、本当の事を伝えたところで、それすらも伝わらなくなってしまう。

必要のない嘘、自分が楽しむだけの無意味な嘘をつくことは誰も幸せにしないし、周り周って自分を傷つけてしまうということが言えるでしょう。

 

また、見方を変えると「先入観にとらわれないようにする」という事も言えるかもしれません。

村人は「どうせまた嘘をついているんだろう」と思ったことで、本当にオオカミがやってきたことに気づけなかったわけですからね。

ただ、私が村人だったら、同じように少年の言葉は信じられなかったかなー。度が過ぎるとやっぱり相手にはされないと思う。

そのことから「一度信用を失うとなかなか取り戻せない」ということも教訓として言えますね。

 

もちろん、嘘つくのが100%ダメかというとそんなこともない。

時に嘘をつくことで救われることも実際あるし…こういう微妙な感覚を持つことは大事なことなのでしょう。

教訓を確認したところで、私が書いた『オオカミ少年』の読書感想文をご覧くださいm(_ _)m

『オオカミ少年』の読書感想文

【タイトル】あの日以来、嘘はついていない

羊飼いの少年は嘘をつくことをやめられず、その結果、自分の育てている羊たちをオオカミに食べられてしまった。

少年が嘘をやめられなかったのは、村人を騙して自分の思い通りに動いたからかもしれない。

けれども、強烈な失敗体験をした少年はおそらくもう無駄な嘘をつくことがないだろう。

このように言えるのは私にも嘘に関する大きな失敗体験があるからだ。

 

小学生の頃、理科の授業で温度計を使って校庭や裏庭などの温度を調べる時があった。

その時に棒状の温度計を落として壊してしまったことがある。

私は一緒にいた友達に「余ってたやつと取り替えてくる」と言うと、温度計をすぐにケースにしまい、
バレないように余っていた温度計とすり替えて何食わぬ顔で観察を続けた。

授業が終わり、温度計を先生に返却すると、先生はその場で一つ一つの温度計のチェックを始めた。そして、案の定バレた。

なぜ「余っていた温度計まで調べる必要があるのか?」と内心思ったが、バレた事実はもう変わらない。

先生は「温度計を壊したのは誰ですか?」と言った。私は怒られるのが嫌だったのでずっと黙っていたが、その時、一部始終を知る友達が「最初から壊れてたんじゃないのー」と言った。

すると、先生は納得のいかない様子だったが、壊した人物を特定することなく、次の授業の準備に取り掛かっていた。

 

私は怒られなかった。けれども、その時に感じたのは安心よりも罪悪感だった。

それは、私のせいで嘘をついた友達がいたからだ。きっと彼は善意であの発言をしてくれたのだろう。

私が嘘をついたばっかりに関係のない人まで巻き込んでしまった。

後で「さっきはごめんね、ありがとう。」を伝えにいくと、「バレなくて良かったね!」と笑って言ってくれた。

そのポジティブさに救われたが、同時に私の罪悪感は余計に引き立ち、あの日の出来事を今でも忘れることが出来ない。

けれども、忘れられない代わりに一つ心に決めていることがある。「もう無駄な嘘はつかない」と。

 

この出来事以来、私は無駄な嘘はつかないようになった。嘘の成功よりも大きな失敗体験が強烈に残っているからだ。

だから、羊飼いの少年もアレだけの大きな失敗体験をしたのだから、もう嘘をつくことはないはずだ。いや、ないだろう。ないかもしれない。なかったらいいな。

あの日以来、私は嘘はつかないが、言葉を濁すことは増えている。

(971文字)

嘘をつくことの善し悪しを考察

今回はいつもの読書感想文とは違って、私の体験談を元に書いてみました。

体験談の入っている感想文の方が読んでる方は楽しいのかな?感想文より作文に近いのかもしれないけど…。

 

さて、今回は『嘘』をテーマに感想文を書いたのですが、『嘘は良くないけれど嘘が絶対にダメなことだとは思わない』という考えがあったので、その辺りが表現できたら良かったかなと思ってあんな感じになりました。

私がついた嘘は最低ですが、友達がした嘘は必ずしも悪いとは言えないかな?と。

少なくとも私は先生に怒られることはなかったので、その意味では助けられたと感じています。

その代わり、友達に余計な嘘をつかせた罪悪感は子供ながらに感じていました。

むしろ、怒られるよりももっと強烈なパンチをくらった気分にはなりましたね(-_-;)

 

こういう失敗をしていると、それに関してはしっかり考えるようにはなりますから、失敗は大事なことだと言えるでしょう。

ただ、ちゃんと怒られなかったので、「ごまかせば意外と何とかなんじゃねーの?(´-ω-`)」とか思う事は今でもあります。

でも、無駄な嘘はダメだと学びましたから、ごまかさないようにはしています。

その代わりの折衷案として「言葉を濁す」という選択肢が生まれたわけですね。笑

まぁ、含みがあった方が人間面白いじゃない?(´艸`*)

嘘つきが信頼を取り戻すために必要なものをウソップに学ぶ

 

冒頭で、【漫画『ワンピース』でウソップが「海賊が来たぞー!」とオマージュしたシーンなどを私なんかは思い出します】と書いたのですが、ウソップで言うとウォーターセブン編でルフィと決闘をして、麦わらの一味をやめるところは印象的でしたよね。

涙なしには読めない、胸が痛くなる戦いでした。(;_;)

 

最終的に『“3人目”と“7人目” 』ということで、ウソップとフランキーが仲間になりましたが、ウソップはこの時に本当の意味での仲間となったわけです。

ワンピースの『○人目』の法則はいろいろ言われていますが、『役割』が明確になった(役割として貢献した)時が関係しているのかなーと。(チョッパーとロビンにはこの先にターニングポイントがあるのかな?)

ウソップは『狙撃手』としてエニエスロビー編で貢献しましたし、ここで『役割』が明確になったのかなと思っています。

 

もちろんウソップとただの嘘つきでは話が違いますが、『信頼関係』に注目するなら、『役割』を持つことが信頼を生む(取り戻す)一つの手段なのかもしれません。

遊んでいた旦那さんが子供が出来て『父親』という役割が生まれた時に、奥さんからの信頼を取り戻すみたいな?(違うか?笑)

そんな感じで、周りの人とのつながりで『役割』を持てるくらいの人間になれたら、嘘つきが一度失った信頼を取り戻せるのかもしれません。

でも、一番大事なのはちゃんと謝ることでしょう。

ウソップは素直に謝ったもんね。




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