新渡戸稲造『武士道』の感想-内容がよくわからない理由を考えてみよう

新渡戸稲造の著書『武士道』を読みました。

ちなみに、読んだのは山本博文さんが現代語訳したものになります。

数年前に何かで話題になって、「いつか読んでみたいなー」とは思っていました。

んで、図書館に行った時にたまたま目に入ったので、借りて読んでみたのですが、結論から言えばよく理解できなかったです(・_・)

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新渡戸稲造『武士道』を読んだ感想

現代語訳『武士道』新渡戸稲造の書籍画像『武士道』を読みましたが、正直いうと内容がよく理解できませんでした。

簡単に言えば、『日本人の道徳観の説明』みたいな感じだと思いますし、書いてあることはわかるのですが、「じゃあそれを説明してみろ」と言われたら私の頭では説明できないです。

人に説明できない以上は理解できたとは言えないでしょう。

 

ただ、すごく感じるものはありましたよ。

多くの人が新渡戸の『武士道』をおすすめする理由も何となくわかりますし、「今の日本人には武士道精神が足りない」と言われているのも読んだら何となくわかります。

 

『頭で読む書』というよりは『心で読む書』みたいな感じですか?

言ってる意味分からないですよね?だから、やっぱり私は理解は出来てないと思います(・ω・)

なぜ『武士道』の内容がよく分からなかったのか?

『武士道』の内容がよく分からなかったのは、私の学がない事が原因だと思いますが、それだけではない気もします。

内容が分からないのは、『武士道』が成文法(文字化)されていないものだからなのかなと。

モラルとか生き方とか、そういった類の存在だから説明書のように明確なものがなく、それぞれが感じるものなど思います。

 

それでも、読むと何となく意味がわかるのは、自分の中にも『武士道精神』が少なからずあるからかもしれない。

それは、家族(先祖)や学校、地域社会などによって日本国民全員が何となく感じているあの『受け継いできたもの』があるからだと思う。

日本で生まれ日本で育つことや、日本で生活をすることで『武士道精神』は感じられているはずだと思う。

 

曖昧なのに共有してるというか、曖昧だから共有できてるというか、、、

『感じるより通ずる』という言葉が、『武士道』を理解するポイントなのかな?という気がしました。

どうすれば『武士道』を理解できるようになるか?

もし『武士道』を理解したいのなら、教養を身に着けることが必要なのかなと。

文章を読む力もそうですが、各章で出てくる『義』『勇』『仁』『礼』『信』『名誉』『忠義』などの意味を深く理解する必要があると感じました。

また、日本を感じるものに触れることも大事だと思います。

例えば、仏教、武術(空手や剣道など)、茶道、書道…ないわゆる日本の伝統に触れることで、書いてある内容の理解度が全然違ってくる気がします。

私はいわゆる日本らしいことにあまり触れてこなかったので、上手く理解できていないのかな?と感じました。

 

仮に日本文化に触れたとしても、『武士道』を完璧に理解することはできないでしょう。

それでも、知ってみたいという気持ちにはなりますね。



『武士道』を読んで感じた3つのこと

『武士道』に関してよく理解できなかった私ですが、ここからは私なりに感じた『武士道精神』を書いていきたいと思います。

「その解釈は違うよ」となる確率は非常に高いですが、私は正解が欲しいわけではないんです。感じた事をそのまま書きたいんです。

なので、ここからは先を読む場合は『閲覧注意』でお願いしますm(_ _)m

要するに「みんなちがって、みんないい。」

SNSやYouTubeのおかげで、多くの方が自分を発信できる世界になりましたね。

非常に個性的な方が多く、『僕のヒーローアカデミア』の世界観が実写化されたのかと感じるほどです。

一寸法師の読書感想文』でも書いたように、私は自分の事を没個性的な人間だと思っているので、今の超人社会には戸惑うことも多いです。

私は自分が没個性ということに対して特に不安や不満を感じることがないのですが、それは『武士道』に通ずるものがあったからかもしれません。

第2章の【武士道の源泉-戦乱の時代が生んだ日本人の特性】ではこんなことが書かれています。

インドにおいて、そして中国においてさえ、人びとの間にある差異は、主として活力か知能の程度においてであるのに対し、日本では、これらのほかに、人美の性格の独創性において差異がある。まさに個性は、優れた民族ならびに発達した文明社会の象徴である。

引用元:現代語訳『武士道』-P36

日本人はその精神および気質に偉大な多様性がすでにあるわけですね。

 

…まーまー要するに

「みんなちがって、みんないい!!」

ってことです。

日本人にとって桜は特別な理由とは?

日本人にとって桜は特別な存在として認知されています。

『武士道』でも桜に対して触れていて、なぜ日本人にとって桜が特別な存在なのかを説いています。

桜が日本固有の植物ということもありますが、『武士道』の中ではヨーロッパ人がバラを褒め称えるのと対比して桜の素晴らしさについて書かれています。

わが桜花は、その美の下に刃も毒も隠しておらず、自然が呼ぶときにいつでも生を捨てる準備ができている。その色は華美ではなく、その香りは淡く、人を飽きさせない。色彩と形状の美しさは、外観に限られる。(中略)このように、桜がわが国民の花である理由は一つにとどまらない。

引用元:現代語訳『武士道』-P173

日本人にとって桜が特別な理由は「一つにとどまらない」という事がかかれているのですが、この感覚は多くの日本人が持っていると思います。

満開に咲いて活力を感じる桜も、夜月に照らされて奥ゆかしさを感じる桜も、散ってもなお水面や道路を色づけるはかない桜も、どの姿も美しく、特別な感じがしますよね。

桜という存在が特別に感じられる理由が一つにとどまらないという感覚は、おそらく「武士道とは何か?」という問いに明確に答えることができない感覚と近しいモノなのかな?と私は思いました。

 

日本人の感覚はやっぱり他の国の人とは違うもの、それが良いか悪いかはわかりませんし、良い悪いの話ではないでしょう。

ただ、日本人ならではのこの感覚は誇りに思っていい感覚だと思います。

消え去る運命の『武士道』から何を考えるべきか

本書では『武士道』は消え去る運命にあると書かれていて、同時に不死鳥のように甦るとも書かれています。(ニュアンス的には合っているはず…)

書物としては伝えられていないから体系化することはできないけど、美徳としては生きているから、『武士道』は消え去るけど、甦ると言えるのかな?と思います。

 

そして、本書ではこのような事が書かれていました。

不死鳥は、ただ自分自身の灰の中から甦るのだ。それは渡り鳥ではなく、他の鳥から借りた翼で飛ぶのでもないことを忘れてはならない。

引用元:現代語訳『武士道』-P195

『武士道』は自分次第なのかな?…掴めそうで掴めないね。

 

ただ、『武士道』が『不死鳥』で韻を踏んでいるところに『武士道精神』のしぶとさを感じました

まとめ

西洋化(近代化)して、近年はITが発達してさらに新しい価値観が加速している世の中。

正直便利だし、もう新しい技術なしでは生活できない感覚を私は持っています。

けれども、今まで自分が無意識に持っていた『武士道精神』を失いたくはないと読み終えた時に感じました。

 

「武士道とは何か?」という問いに対して私は答えを見つけることができなかったし、『武士道精神』が何かも結局分からなかった。

それでも、失いたくないと感じました。

それは私にも『武士道精神』があるからなのかなー(・_・)